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「夜と霧」ヴィクトール・フランクル

「夜と霧」ヴィクトール・フランクル
私は中学生最後の夏休みに初めて「アンネの日記」を読みました。
あの頃、夏休みは読書感想文が宿題に出されて、課題図書とか推薦図書とか、いろいろな本が進められていました。


書店へ行くと”夏の100冊”とかいうキャッチコピーでたくさんの本が並んでいました。

当時はもっと本屋さんが多かったので、いろいろな書店を回って、どんな本が置いてあるのかチェックするのが好きでした。



 

「アンネの日記」

夏休みになると、毎年先生たちの推薦読書みたいなものに「アンネの日記」があげられていました。


私はそれがあまり好きではなかったので、中学校の最後の年まで本を読もうとしませんでした。だって、バッドエンドの重たい内容だという事は大体わかっているから、あと、戦争と平和というテーマが重たすぎていまいち読む気になれませんでした。

学校や先生の推しが強いので本だけは購入し、数年の間”積ん読”になっていました。

しかし、中学3年生の夏休みは別でした。受験勉強をする気がまったく起きなかったので、「本でも読もうかな」みたいなノリで「アンネの日記」を読みました。

読んでみると、私が最初に思っていたイメージと違って、読みやすいものでした。10代の女の子が書いた日記でしたから、目線が近いからでしょうか?

難しい内容や言葉がなくて読みやすかったのです。


著者に何か共感する部分が多く、本を読んでいくうちに彼女が友達のように思えてきました。

でも、共感するからこそ、彼女を取り巻く環境や、彼女のたどった運命が自分のもののように身につまされ、苦しい展開になっていきました。

 

何とか最後まで読みましたが、読み終わった後は数日無気力になっていました。
”どうしてこんなひどいことができるのだろう?”

”生きるってこういう事なの?”
と考え続け、社会や世の中が、人間のことがよくわからなくなっていました。


夏休み中で学校も部活もありませんでしたから、誰かと話をするわけでなく、一人で数日間無気力で落ち込んでいました。


連日暑い日が続くので、考えるのも嫌になっていきました。そんな時「アンネの日記」と一緒に購入していた「夜と霧」が目に留まりました。

この本も「内容が重たそうだから」という理由で数年間”積ん読”していたものです。でも、この時は「重たい本1冊読んだし、もう1冊読んでも一緒かな」と思って、これまで避けてきた「夜と霧」を読み始めました。




フランクル「夜と霧」

「夜と霧」はアンネの日記よりも内容や単語が難しかった印象があります。おまけに内容も展開も重たいので、当時の私はかなり読み飛ばしていました。

前半は収容所の様子や悲惨な事実が次々と語られていて、読むのが苦痛なくらいでした。

それでも、何とか読み続けているうちに、過酷な運命や環境の中にありながら、ささやかなことに喜びや、幸せを見出す人。
ちょっとした楽しみを大切にする人たちが現れてきます。

明日はどうなるかわからない死への不安や恐怖と隣り合わせの日々、悲惨な環境の中、絶望の中でも積極的に喜びや幸福を見つけ出そうとしている人たちの姿や生き方に目を奪われるようになりました。

私なら収容所でこんな風に前向きには考えられないし、自分の不幸に絶望し嘆いたりして前向きに生きられないと思いました。
こんな環境の中で、一瞬一瞬を大切に丁寧に生きている人たちの前向きな姿に、人間の持つ力強さを感じるようになりました。ものすごい精神力だと思いました。

 

本を読んで思ったのは、平和な社会はいつ崩れ去ってもおかしくないな。ということです。

平和で豊かな社会や穏やかな生活は微妙なバランスの上に成り立つもので、いつ、その社会の秩序の均衡が、モラルの均衡が崩れるかわからない。とも思いました。

スタンフォード監獄実験やミルグラム実験にもあるように、普通の平凡な市民でも、一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことは証明されています。


戦争だけでなく、自然災害や疫病の流行、人口や食料の問題、さまざまな問題と隣り合わせの世界です。ちょっとしたことがきっかけになって、
今の日常が消えてしまってもおかしくはないのだと思います。


「蟻の一穴天下の破れ」という言葉がありますが、大事は、ほんのささいなことから起こるし、それは、ちょっとしたことが原因で、全体に波及して収拾がつかなくなってしまうのですよね。


不安やパニック、ヒステリックなエネルギーは周囲に不協和音をふりまいて伝染すると思います。個人の意識が集団意識に飛び火する時が一番危ない状態になるのでしょう。

ちょっとしたきっかけで、私たちの集団意識のバランスが崩れると、同時に社会のバランスが崩れます。

善悪の判断がうやむやになって、不安や恐怖心から暴力が横行する世の中になってしまう。

そうならないように、私たち一人一人が冷静に考えて行動しなくてはならないのだと思います。


いろいろ便利で快適な生活にすっかり慣れてしまっていますが、これから先はどうなるのかわかりません。
食料やエネルギーの問題は顕著なので、不便なことや理不尽なことが増えてくると思います。豊かな時代から質素な時代に戻っていくのかもしれませんが、経済が悪化すると治安が悪くなる可能性があるので危険な出来事も増えるかもしれません。

ウクライナやチベット、ウイグルで起きていることは他人事ではないと覚悟しておいた方が賢明だと思います。もちろんそうならないことが理想ですが。


出来るだけみんなで仲良く平和な社会を保てるように、欲張らないように気を付けながら、不足や不便と仲良くしていきたいですね。
個人のことも大切ですが、全体のことを考えながら丁寧に、日々与えらえている資源や環境、自由に感謝しながら過ごしていけたらいいな。と思います。