CATNAP STATION🐾夢を使った次元旅行🐈

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ファミリーヒストリーを考察する~人生は歩きまわる影法師、家族は皆あわれで愛おしい役者なのだ~

家族の闇(病み)歴史を振り返ると見えてくることがある

2日間にわたり闇ショートストーリーとして”「家」という毒の沼”シリーズをリライトしてみました。
これは、2019年に私自身の幼少期を振り返って創作したショートストリーをリライトして物です。

六面体から動く多面体「時の種」を作るワークに参加させていただいたので、これをきっかけに自分の家族の歴史である”ファミリーヒストリー”について振り返っていました。
ショートストーリーでは主人公である”彼女”について、主観的な視点で展開しています。

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・父方の祖母
まずは戦争で大きな痛手を負った祖父母、義祖父のヒストリーを振り返ってみます。
この世代の人たちは、戦争によって家族や大切なものを失いながら、必死で生き抜いてきています。生き残るために情けや感情を切り捨てきた人たちです。

祖父が若くして他界したのち、祖母は女手一つで5人の子供たちを養っていました。
戦火によって家財のすべてを失い、2人の子供も病気で亡くしてしまいます。

大変な状況でしたが、残された子供たちのために生き抜いていました。非情な現実にさらされながらも、家族や家族の居場所である土地を守ることに必死だったのだと思います。
祖母は嫁である母を小間使いのようにひどい言葉で雑に扱っていました。
このあたりは”昭和あるある”な感じです。

70歳を過ぎたころ認知症を発症するのですが、その時の祖母は本当に弱々しくおとなしい性格になっていました。

歩けなくなっていたのに自転車に乗って、当時飼っていた猫のためにおやつの煮干しを買ってきてくれました。
煮干しを買ったことを忘れてしまうので、ほとんど毎日煮干しを買いに行っていたようです。そのうちに祖母の押し入れは煮干しだらけになっていました。
認知症を患う前はえげつないほど母や私たちに意地悪だった祖母でしたが(笑)
本当の姿はこうなんだろう。と思いました。


・父方の義祖父
日本に戻った後の義祖父は病院で雑務をこなす傍ら、地域の子供会や地元のお寺の雑務を手伝い奉仕作業に熱心でした。

戦争で徴兵される前の彼は乗馬の選手で、国体で何度も優勝していた人でした。
私が小さい頃は町の乗馬クラブのお手伝いをしながら、さっそうと馬にまたがり駆けていました。

そんな祖父ですが、夜は深酒をして大きな声で騒ぐのが日課でした。
お酒さえ飲まなければ優しい人でしたが、夜中に一人で静かに涙を流している姿を何度か目にしました。

祖父は満州でひどい経験をたくさんしてきました、でも、戦争のことは一切口にしませんでした。お酒を浴びるように飲んで大きな声を出して、騒ぎ疲れて眠る毎日でした。
あまりにも悲痛な出来事を体験してきた人なので、飲まなければやりきれなかったのかもしれません。

祖父もまた大きな悲しみを背負い、一人静かに穏やかに、この世を去っていきました。



・父について
父は祖母の再婚によってステップファーザーとなる義祖父を迎えることになります。
まだ10代そこそこの父にとって、母親の愛情(祖母のこと)をほかの男に奪われます。
それだけではなく、先祖や実父が残してくれた家や土地をすべて奪われるのでは?と感じていたのかもしれません。
他の兄弟たちは義祖父を受け入れていく中、父だけが家族の中で浮いた存在だったようです。

父親違いの弟が生まれたとき、父は家を出たかったのだと思います。
それでも長男としての維持やプライド、そして「家や土地を守る」という義務感や使命感があったのではないかな?と思います。
家の中では父VS祖母の愛憎のもつれがすさまじく渦巻いていました。
365日休むことなく家の空気ピリピリでした。

私が父の立場なら、さっさと家を出て「後は野となれ山となれ」ですが、父は真面目過ぎたのだと思います。

2019年にショートストーリーを描いたときには、父のことを母親への愛情がねじ曲がった拗れオヤジみたいに感じていました。
母親からの愛情に飢えていた人なのかな?とも思っていました。

でも、2年後の今振り返ってみると父は「長男として」とか、「家や土地を守る」とか窮屈なしがらみに縛られていたのだと思います。

私は小さな時から「お前には跡を継がせない、早く家を出ろ!」と父から言われ続けてきました。
あまりにも早くから突き放されたので、父から”憎まれている”と思っていました。
でも、今振り返ると本当に家を出たかったのは父自身だと思います。
子供である私に自分ができなかったことを実行させたかったのかもしれません。

父は家や土地、母への愛に縛られて生きてきました、彼の人生の大半がグレートマザーがテーマだったのかもしれません。

 

 

・母について
母は嫁いできた身なので、祖母や義祖父の言うことを聞き、おとなしくしていました。
言いたいことも言えずに我慢する日々、この時代の処世術としては正しいと思います。
昭和の時代の嫁姑はどこもこんな感じだったのだと思います。

言いたいことを我慢し続けた結果、母はのどの病気を患いました。
感情を押し殺し続けた結果、子宮の病気も患いました。



・私について
私は彼女を主人公として、物語を語っています。
父と祖母の対立による憎悪の感情や、二人の対立を煽る親類縁者がいたりで、精神的に不安定な時代を過ごしてきたと思います。
でも、義祖父や母は優しかったので、孤立無援だったわけではありません。

子供のころに母親から「あなたはこの家のカルマを全部もらっている」と言われたことがあります。
そういうカルマを知っているから父は「お前は早く家を出ろ!」と言い放ったのかもしれません。
おかげで割と早くひとり立ちできたので、今は感謝しています。

 



・家族の闇(病み)歴史を振り返って
これは私の家族に起きた出来事です。でも、この物語の中心にある出来事はほかの家庭でもよく見られることなのだと思います。(そんなわけないか( ̄▽ ̄;))

私のファミリーヒストリーの核としてポイントを挙げてみるといいのかもしれません。

①大きな災害(戦争や地震、津波など)
②家族との死別
③親の再婚
④家や土地の相続
⑤母親への依存・子供への依存
⑥親と子の対立
⑦神話的なニュアンスでの父殺し・母殺し・子殺し
⑧楽園を追われる(墜落や解放体験)

ファミリーヒストリーを振り返ると、戯曲のように見えてきます。
家庭という小さな箱庭部隊の中で、それぞれが与えられた役を演じ、与えられた経験を味わい、痛みや悲しみ、喜びや安らぎ、愛といった感情を学びつくすのでしょう。

 

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・人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ

演劇の神・シェイクスピアは『マクベス』の 第5幕第5場でこんな言葉を残しています。

明日、また明日、また明日と、時は小きざみな足どりで一日一日を歩み、
ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、昨日という日はすべて愚かな人間が塵と化す死への道を照らしてきた。


消えろ、消えろ、つかの間の燈火(ともしび)!
人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても出場が終われば消えてしまう。


白痴のしゃべる物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない。


あわれでも消えゆく存在でも、みんな立派に役を演じています。
地球という舞台、、国という舞台、家庭という舞台で様々なお芝居が繰り広げられ
みんな必死に役を演じているのでしょうね。