「シャドウの箱」を開封してみた~闇ショートストリー②~
「家」という毒の沼2~サビアン創作寓話(2019年12月7日土曜日)リライト
昨日お伝えした女性のお話には続きがある。今日はその続きから始めようと思う。
果物ナイフを”お守り刀”として黒い影と対峙してきた小さな女の子、あれから時が流れ、今では成人して社会人となった。
黒い影は相変わらず彼女の家を支配して、空間のいたるところに毒素を充満させていた。
そんなある日、彼女は些細なことから父親と口論になった。
そのころ彼女の父親は、仕事が上手くいかず経済的に行き詰っていた。
彼は煙草をくわえながら、あたりに煙を充満させて毎日しかめ面をしていた。
彼の神経質で不機嫌な顔を見ているとき、彼女は子供のころからの癖で怯えてしまう。
「何か自分が悪いことをしたのではないか?」
「父が不機嫌なのは、私のせいかもしれない・・」
いつも思ってしまう。
彼女は父親のことを恐れたいたので、いつも彼の影におびえていた。
正確に言うなら、彼の持つ怒りの波動、振動、エネルギーは鋭いナイフのように家族全員を突き刺さしていた。
その怒りのエネルギー、アストラルの激しいうねりにおびえていた。
そんな父が彼女に対して激しい勢いで上から押さえつけるように言葉を発した。
「何がそんなに気に入らないんだ、この家が嫌なら出ていけ!」
彼女は蛇に睨まれた蛙のように恐怖で全身が凍り付いて動けなくなった。
「早く出ていけ、ここはお前の家じゃない!」
大きな声で、黒い影が鋭く怒鳴り声をあげると、彼女の体は突き飛ばされた。
彼女の目に映るのは父親の姿ではなく、人の顔でもなく、怒り狂って獣だった。それは荒れ狂うまがまがしい黒い影だった。
彼女が硬直したまま何も言い返さないので、その態度を不満に思った黒い影は怒りがヒートアップしたようだ。
実際は恐怖心で固まっていただけなのだが、怒り狂った黒い影にはそれがわからなかった。
彼は娘である彼女に対して愛着がなかった、まるでペットや所有物のように扱った。
いや、愛着よりも怒りや憎しみを強く抱いていた。
黒い影は大きな声で散々彼女を罵倒し罵った。
「お前の居場所はここにはない。さっさと出ていけ」
と彼女の服をつかみ、家の外へ強引に引きずり出した。
彼女は震えながら黒い影の罵声が生み出す恐怖に支配されていた。
子供のころから同じようなことが繰り返されていたので、恐怖が身にしみこんでいる。
繰り返される凶行によって、体が言うことを聞かなくなっている。
彼女は反射的に自分の身を守るため、思考や感情をシャットダウンさせた。
黒い影は何かをわめきながら、彼女の顔や背中を強い力で打ち付けていた。
本当は怖くて泣きたいくらいだった。
・・・どうしていつも自分はここまで罵られるのか?
しかし、何度も打たれながら彼女は考えるのをやめた。
痛みは感じない、時々体のところどころに火花が散るような感覚が起きるだけだった。
両手で頭を抱えて守りながら隙を狙う。
黒い影が、タバコに火をつけようとしたすきをついて全力で走りだした。
暗い夜道を駅まで必死で走って逃げた。
”どこへ行けばいい?私の居場所はどこにあるの?”
行先はわからない。ただ、ただ憎悪や恐怖から逃げた。
黒い影は時々人の姿に戻りながら罵声を挙げながら彼女のことを追いかけてきた。
彼の手には果物ナイフが握られ、ギラリと鈍く光った。
「殺される」
体中の血が騒いだ。
彼女は見えない力に押し出されるようにして、後ろを振り返ることなくまっすぐに走り続けた。
暗い夜道を20分くらい走り続けると交番がの赤い光が見えた。
「交番だ、駅が近い」
ここまでくると彼女を追う父親の姿は見当たらなかった。
彼女は走る速度を緩め、駅の構内へ進んだ。
ポケットの小銭を取り出して、目的地名のない切符を買う。
何も考えずふらふらと停車中の電車に乗り込むと椅子に座り、「ハー」っと大きな息をついた。
父にぶたれたことで口の中が切れて血の味がする、鼻が濡れている、と思ったら鼻血が出ていた。
彼女はしばらく電車の中で放心状態になった。
電車は緩やかに動き始めた。夜なので外の景色は見えないけれど、生まれ育った家からどんどん離れていく。
彼女が所属していた家族という名の小さな集団を離れるとともに、それまでずっと感じてきた重く濃い物から解放される気がした。
「生きてる」彼女は思った。
家という名の重苦しい檻を無事に逃れることができた。
今まで彼女を支配し、スポイルしていた父親や家の業から逃れることができた。
代償として、少々身体に損傷が見られたが、そんなことは大事の前の小事である。
孤独と引き換えに自由を手に入れた。
窮屈な家族の器を壊し、新しい器を探す旅が始まる。
「とりあえず、しばらくは会社の寮に転がり込むとしよう」
暗い夜を走り抜ける電車の行く先に、希望にあふれた自由が待っていことを彼女は予感していた。
明日のことなんて知らない、今この時全力だった。
元ネタ