CATNAP~夢を使った次元旅行~

愛知県でQHHTというヒプノセラピーを行っています😺どうぞよろしくお願いいたします🐾

馬と赤い紙

馬と赤い紙

気が付くと祖父の部屋にいた。
正確には祖父の部屋に似た場所にいた。実際の祖父は20年以上前に他界しているので、現実的にそんなことはあり得ないのだけど・・・。


夢の中では、祖父の部屋と同じ匂い、同じひんやりとした湿度、暗さ、静けさ、子供のころになじんだ雰囲気がする。木目の天井、壁は漆喰なのでざらざらしているが必要以上に湿度が上がらない。足元は古い畳、使い込まれているけど生活の匂いというか、人の気配がある。



漆喰の波のような模様を見ていると、だんだん壁が迫ってくるような錯覚に陥る。まるで壁が呼吸をしているみたいに感じてくる。私は呼吸する漆喰の壁に寄り添って呼吸を合わせていた。
祖父の部屋は、まるで何かの大きな生き物の胃袋の中みたいだった。
この静かで少しひんやりとした部屋にいると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。

最初はぼんやりと白いカーテンがかけられていたけれど、だんだん細部が鮮明になっていった。
机の上には今にも走り出しそうな木彫りの馬、ブロンズの馬もいる。机の隣には大切な書類を保管する書類棚があり、さらにその横の本棚には乗馬の雑誌、満州の写真集、大相撲の雑誌など生前の祖父が大切にしていたものがたくさん並んでいた。


本棚の下の方に目線を伸ばすと、部屋の隅には小学校低学年くらいの子供がうずくまっている。
些細なことで父親と祖母にお説教され、さっきまで泣いていたようだ。
その子は、祖父の部屋を避難場所にしていた。両親や祖母にお説教されるたびに、この部屋へ逃げ込んでいつも彼女の味方をしてくれる祖父の帰りを待っていた。
この日の祖父は病院のお手伝いに出かけていたようなので、帰りが遅いらしい。

その子は祖父の帰りを待つ間、いつものように祖父の本棚にある雑誌を眺めていた。
乗馬の雑誌を手に取り、中をパラパラと眺めていく。たくさんのサラブレッドたちの写真、海や山で馬を走らせる写真、大人向けの内容なので小学生の彼女にはあまり興味がわかないようだった。


人馬一体の達人
このころ、近所に乗馬クラブがあった。もともと馬術の専門家だった祖父はその子を連れて乗馬クラブへ出かけていくことが多かった。
祖父が乗馬クラブへ行くと、10頭くらいいた馬たちが一斉に祖父の方を向いて、鳴いたり、足を鳴らして祖父に挨拶をしていた。
その子は自分より大きな馬たちが怖かった。祖父の後ろに隠れて「早く家に帰りたい」と訴えていた。
祖父が「一緒に馬に乗ろう」と誘ってくれても「怖いからいやだ」と毎回半べそで即答していた。
祖父は一人で馬に乗って、コースを回っていた。長身の祖父は背筋がピンと伸びていた、とても美しく馬を乗りこなす人だった。美しいだけでなくとも楽しそうで、馬への思いが見ているこちらにも伝わってくる。彼は「優しさ」という言葉を使って馬と心を通わせていた。

馬も祖父もとても楽しそう、特に馬たちは祖父のことが好きだったらしく、祖父の合図に機敏に行動して、リズミカルに走ったり飛んだり、呼吸がぴったりだった。
馬の動きを邪魔しない祖父の乗馬は今でも目に焼き付いている美しい景色の一つだった。

 

 

 

The Book of Sacrifice and Soul Pain.

乗馬の雑誌に一通り目を通し、雑誌をもとの場所へ戻した時、一冊の薄い冊子が目についた。

その薄い本は白い表紙なのだけど、だいぶ古いものらしく日焼けしてベージュから茶色っぽくなっていた。冊子タイトルは漢字なのでその子には意味が分からなかった。
冊子を開くと中国〜日本の地図が載っている。
どうやらこれは祖父が所属していた騎兵連隊の帰還兵の手記が載せられているらしい。
○○隊の△△作戦とか、犠牲者や戦死者の名簿も載せてあるようだ。
運よく日本へ帰還することができた人たちは、犠牲になった上官や仲間たち、その家族たち、馬たちのことを思い冊子を作り、お互いに連絡を取り合っていたらしい。

彼女は難しい漢字や文字ばかりの冊子を眺め、祖父は過去に尋常ではない出来事に巻き込まれ大変な思い、大変な悲しみを背負わされたのをなんとなく感じた。

銃声、砲撃の音、火薬のにおい、怒号、鳴き声、あちこちから上がる火の手、おびただしく流れる血と匂い。
折り重なっている動かない人らしい影。自分はけがをしているのか、無事なのか、生きているのか死んでいるのか?感情も感覚も麻痺してよくわからない。自分の名前も、どうしてここにいるのか?なぜ戦っているのか思い出せない・・・。

祖父だけでなく、その冊子に寄稿した人たちそれぞれが多くの犠牲をはらい、非情になりながら死線を乗り越えてきた。中には帰ることができなかった仲間がいる。




上官や部下・仲間たちへの贖罪の思いを書き綴るものもいれば、日本へ帰ってきたことを感謝するひと、同じ悲しみを繰り返さないように訴える人、それぞれの切実な思いがこの冊子に寄せられていた。

彼女も幼いながら、たくさんの大人たちが何年も危機的な環境に身を置いてやっと安住の地を見つけたこと。こういう人たちが身を挺して平和な時代の礎を築いてくれたことをなんとなく感じたようだった。

この本にはたくさんの人の悲しみ、そして平和への願いが込められている。と彼女は感じていたようだ。

 

 

赤い紙
冊子の最後のページには赤い紙が貼付されていた。
その赤は薄暗い赤色で、朱里色のような明るさがない。
血の色を思わせる黒みがかった赤色で、何とも重く陰惨な色だった。そこには大きな黒い文字で「召集令状」と書かれていた。
単なる紙切れなのにやたらとまがまがしく、有無を言わせないような圧力、そして暴力に駆り立てるような狂気の振動を発していた。
紙を見ていると心臓がどきどきして嫌な緊張感が止まらない。胃や腸のあたり、下腹部からむかむかしたものがこみ上げてくる。


「何だろう、この暴力的な赤黒いどろどろしたものは?」
赤い紙を見ていると体中の血液が抜き取られるような気がした。
赤い紙は吸血ヒルみたいにその子の体中の血を吸い込んで、ブクブクと膨張していった。
赤黒いヒルはどんどん大きくなって、彼女の家はおろか近所や町全体、日本中を覆いつくして、たくさんの人たちの血液を吸い込んでいく。血を吸えば吸うほどヒルは大きくなっていく。
そして、ついに世界中を争いと暴力と狂気で満ちた混沌の世界へ吸い込んでいく。
その子は気分が悪くなり、その冊子を閉じて元の場所へ戻した。

気が付くと部屋は真っ暗になっていた。
そしてもう一度気が付くとそこは祖父の部屋ではなく自室のソファだった。祖父の気配は消えてなくなり、小さな子はもういない。
窓からは午後の穏やかな光が差し込んでいる。

占いして金取り出したること~看護師ロボから占いロボへ~

占いして金取り出したること~看護師ロボから占いロボへ~


病棟勤務していた時に感じた不思議な感覚
私は専門学校を卒業すると同時に、地元の基幹病院へ就職して看護師として働いていました。最初の2~3年までは仕事を覚えるのに必死の毎日。リアルな患者さん一人一人の症状に見合った病態生理や薬学を勉強するのに一生懸命だったので、あまり気にならなかったのですが、4年目5年目あたりから妙な感覚に襲われるようになりました。

それは特に、点滴や注射の準備をしていた時に起こるのです。
患者さんたちの処方箋を見ながら、薬品のアンプルやバイアルを空けて点滴を詰めて使用したものをそれぞれ所定のごみ箱へ捨てます。
ガラスでできたアンプルやバイアルをガラス専用のゴミ箱へ、薬液を混ぜるために使用した注射器と針はプラスティック専用の箱、針専用の箱といった感じで分けるのです。

それぞれのゴミ箱に分別していると、役目を果たし使い捨て破棄される医療廃棄物を眺めながら、まるで自分を見ているような気持になるのです。私も医療業の中では一つの歯車で消耗品なのだな~。という観点がありました。

 

私が勤務していた病院では、夜勤のある病棟勤務は20代の看護師さんが大半でした。3交代で不規則なうえ、他にも変則勤務があるため、既婚の方やお子さんが見える方は外来勤務を希望され部署を移動していきます。


さらに、この病院は付属の看護学校があったので、新卒看護師さんたちが毎年数十人就職されます。
入る人がやって来る代わりに数十人の方々が病院を辞めて地元へ帰って行ったり、転職をしたり・・みたいなサイクルがありました。

「私がいなくても新しい看護師さんたちがやってきて、代わりに仕事をしていくのだろうな・・。別に私でなくてもよいのだよな・・」
そう思うと、とても空虚な気持ちでした。

こんなことを感じていた理由として、新卒から一緒に頑張ってきた同期の同僚や、温かく指導をしてくれた先輩たちが一人、また一人と病院を去っていった時だったからでしょう。
当時は患者さんたちを見送ること、人の死に慣れすぎ、感情がマヒして心が機械みたいになっていた時期でした。

日々点滴や注射や処置、カルテの記入、そのほかの雑務に追われ、患者さんとまともにお話することもできず、ロボットみたいに決められたマニュアル通りに複数のルーティンをこなしていく日々でした。
いつもタイマーをセットして時計を確認し、複数の患者さんの点滴や検査など管理しているうちに、自分が本当にロボットなんじゃないかな?って思うこともありました。
医療ロボットで、壊れたら医療廃棄物として破棄されるのかな?みたいなことを考えることが増えてきたのです。

そんなこともあって、一度職場を離れることにしました。
慣れ親しんだ患者さん達や私を指導して育ててくれた看護師長さん、医師方とお別れをするのは寂しいことでした。ちょうど入眠障害も出始めていたので、これ以上夜勤を続けるのは無理かな〜と考えて迷いました。

そんな時に夢で”勤務表を見間違えて無断欠勤し、みんなに迷惑をかける”という内容のものを頻繁に見ていました。
そして、夢の中で責任の重さを感じながらうなされます。
「そのうち、本当に欠勤してしまいそうで怖い!!」と思い、離職を決意しました。

 

 

退職後、将来について占ってもらう
病院を辞めた後は実家へ帰りました。特に先のことは考えていませんでした。
漠然と「何か仕事をしないといけない」と思っていました。でも病院はしばらく辞めておきたい、と思っていました。

数年間変則勤務をしていた私は入眠障害のため、睡眠導入剤がないと眠れないようになっていました。
体のコンディションや睡眠のリズムを整えたかったので、お昼の間の仕事を探しました。
でも、これと言ってやりたいこともなく、とりあえず飲食店で短時間のアルバイトなどをしてのんびりしていました。

ある日アルバイトから帰る途中本屋さんで占いの雑誌を目にしました。
その時に、以前病院の同僚たちと一緒に出かけた占い館のことを思い出しました。
そこで「ちょうどいい機会だから、今後のことを占いで見てもらおう‼」と思いました。

次の日、アルバイトが終わると占い館へ向かいました。
過去に占ってくれた同じ占い師さんがこの時も占いをしてくれました。
私はこれまでの仕事の経緯を説明して、「今後何をしたらよいのか?」占ってもらいました。
占い師さんは、私の全体的な性質や運勢について説明をしてくれました。
仕事に関しては「やりたいことをやって、いろいろ挑戦していくと良いです」みたいなお話をしてくれました。


私は占い師さんに「今はやりたいことが特にないのですが、何をしたらよいでしょう?どんなことが向いていますか?」と質問したことを覚えています。

その占い師さんは「あなたは人の気持ちが読める人だから占い師に向いていますよ、興味があるならやってみたら?タロット占いとかに向いているね」と答えました。

私は中学生のころタロットカード占いにハマっていたので、なんとなく占いには興味がありました。でも、仕事として占いをするなんてハードル高すぎて無理‼と思いました。
占い師さんは「気が向いたらやってみたら?」と、再度進めてくれました。
私は占い師さんにお礼を伝え、席を立ってその場を去ろうとしました。

その時に占い師さんが「待って、今度占い会社を立ち上げるから一緒に働かない?」と声をかけてきました。
「え、でも私は素人ですよ?」と答えました。
「大丈夫、あなたセンスがあるから、サポートするから一緒に」と再び勧誘されました。

当時の私は30歳近い年齢になっていましたが、好奇心から「占い師って面白そうかも?」と興味を惹かれました。
「少し考えさせてください」と答えて家に帰ることにしました。

 

 


占いして金取り出だしたること①
占いをしてもらって1か月ほどたつと、例の占い師さんからメールが来ていました。
「占い師として一緒に働きましょう、お話がしたいから電話ください」みたいな内容だったと思います。

ちょうどアルバイト生活にも飽きてきて「親もうるさいし、そろそろ病院とかでちゃんと就職して働かないといけないな〜」と思っていた時期でした。
占い師か〜面白そうだから、お話だけでも聞いてみようかな?と思いました。
こんな感じで私の占い師生活が始まりました。

最初の1年はアルバイトがお休みの日だけ2時間くらい占い師をしていました。占い師さんが立ち上げたのは電話占いの会社だったので、比較的シフトが自由で助かりました。
その後、病院への就職が決まったので、一旦占い師業を離脱しました。

それから数年間、病院やクリニックでお仕事をしていたので、日々忙しくて占いのことはすっかり忘れていました。
でも、結婚をしてからはお惣菜屋さんでパートタイムの仕事をするようになりました。フルタイムよりも自由な時間が持てるようになりました。
午前中にパートタイムで働いて、自由な時間となった午後はネコを主人公にした漫画を描いていました。子供のころ漫画家になりたいと思っていたので、夢に挑戦していました。
4コマ漫画とストーリー漫画をそれぞれ投稿したのですが、結果はさんざんでした。
やはり才能がないのかな?と思っていた時、漫画雑誌の後ろのあたりにある星占いが目につきました。

そういえば、私占いの仕事していたことあったな~・・今度は占いに挑戦してみよう!と思い立ち、以前所属していた電話占いの会社に連絡をしてみました。

あの時の占い師さんは社長になっていましたが、運よく電話に出てくれたので事情を説明することができました。そして、もう一度一緒にお仕事をさせてほしいとお願いをしました。
電話占いの会社は当時よりも大きくなっていて、所属する占い師さんもたくさんいましたから、ダメもとで頼んでみました。

経験や実績がないから断られるかな?と思ったのですが

先方からは「いいですよ、何時からお仕事できますか?」と二つ返事でした。

 

 

占いして金取り出だしたること②
こんな感じで、占い師ライフ第2章が始まりました。
第2章では真面目に占いに取り組んでいて、駆け出しのころはとにかく経験を積むことに必死でした。


〇ちゃんねるとか、〇〇袋などで無料の占いを募集し、毎日2~3人とコメントでやり取りをしていました。
駆け出しのころは占いのお仕事はほとんどなく暇だったので、鑑定の練習として〇ちゃんねるとか、〇〇袋で毎日少しづつ占っていました。
振り返ると1年で総勢200~250人くらいコメントでやり取りをしていました。


占い会社にはベテランの占い師さんがたくさんいたので、無料鑑定をたくさんこなして経験を積んでも、成績はあまり変わりませんでした。

そんな時、占い会社で勉強会が開かれて、西洋占星術や手相を教えてもらう機会を得ました。命術(命占)・卜術(卜占)・相術(相占)という感じで占いのバリエーションも広がっていきました。


占いを再開して2年半くらい過ぎると、予約が急に増えだしました。
ちょうど一番人気の占い師さんが会社を辞めることも重なり、彼女のお客さんが流れてきたことも要因の一つでした。

3年目に入り気が付くと上位ランカーの常連になっていました。運よくトップになることもありました。
会社も平均鑑定時間やリピート率が上がると、お客さんを誘導してくるシステムでしたから、急に仕事が忙しくなっていきました。

 

 


トップの弊害~プレッシャーと嫉妬~
占い師ライフ第2章は運よくトップに立つことができたのです。しかし、そこでは弊害も顕著にみられました。
私はあまりビジネス戦略を持たない占いスタイルでした。
「お客さんが占いを楽しんで、HAPPYな毎日を送れるように!」と楽しい占いを目指していました。
社長からはもっと「心理戦を使えば鑑定時間が延びるし、リピートがとりやすくなる」みたいな話をされるのですが、占い依存させる方向に持ってくブラック心理学的な手法は興味がありませんでした。


お話をして、カードを引いて、お話をして、笑って~。”笑う門には福来る”みたいな感じ。それぞれ持ち前の長所や才能を伸ばして行く感じ、あくまでも可能性を広げる方向のお話をしていたつもりです。どちらかといえば楽観主義なので、現実離れしたところがあったと思います。厳しいことを言わないから、中には依存的になってしまうお客さんがいたりして困りました。自信をもって欲しかったし、自分の力で前に進んでもらいたいから、勇気づけていたのでが、私の力量不足のため逆効果になっていたのです。この辺りは加減が本当に難しかったです。


他にも、同業者からの圧力もありました。
某サイトに”占い師○○は揚げ鑑定で全く当たらない”といろいろなことを書かれていたり、
呪いをかけてくる占い師さんがいたり‥数年後に社長から教えてもらったのですが、両者とも同じ会社の同僚たちだったそうです。呪いとか本当にやる人いるんですね!!


会社とお客さんからの期待とプレッシャー、同業者からの嫉妬みたいなものはものすごく感じていました。気にしないように、無視しながら占いをしていました。


こういう状況が3〜4年続いたのです。年間3Kくらいの鑑定を受けていたのですが(リピーターや無料お試し含み)会社からはリピート率を上げてほしい。とか、平均鑑定数をもっと伸ばしてほしいとか、ブラックな心理学使え!とか、細かな注文も増えていきました。
クレームが出ないように気を付けながら、出来る限り均一な鑑定をしていましたが、何だか、自由がなくて窮屈な感じになっていきました。
まるで、会社にプログラムされたとおりに働く占いロボットみたいじゃない?と思うようになりました。

そんな時運よく?病気になりました。2回ほど手術を受けることになり、しばらく療養が必要になりました。
ワーカーホリック気味の私でしたが、病気になってやっと休むことができました。
この療養を機に「周囲に迎合したり、ランクを狙う商業的な占いスタイルはやめよう」と思いました。
ロボットからようやく”人間”になれたみたいです(#^.^#)


そんなわけで”占いして金取り出だしたること”は結構大変だなぁ。と勉強になりました。
こんな風に極端な経験は私だけかもしれませんが、ジェットコースターみたいで面白い。
占いやスピリチュアル産業は一兆円規模だというので、まぁいろいろありますよね~。

 

中野長者小笹の伝説とエニアグラム:東京探索③

<東京星図とアースダイバーを振り返って気が付いたこと>
5/1の日食から数日間、東京へ滞在していました。
滞在中、武蔵小金井にある修道院のラビリンスへ赴き、友人たちと一緒に「歩く瞑想」

と言われるラビリンスウォークを行いました。
地元に戻った私は東京滞在中に出かけた場所や、行った行動について先生の著書である「東京星図」や中沢新一さんの「アースダイバー」を参考に東京の土地のエネルギーや伝説についてフィードバックをしています。

 

catnap-station.hatenablog.com

 

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武蔵小金井は新宿・四谷中野方面の延長線上かな?と思い、先生の東京星図中沢新一さんのアースダイバーをもう一度読み直しました。
特に気になったのが、このエリアは先生が良くお話をされる新宿十二社「中野長者と小笹」の舞台だという事です。

今回は中野長者の伝説についてこれまでに夢で見たこと、ヘブライ文字探索で見た情報を交えて整理していきたいと思います。

 

<目次>

1.みずがめ座エリア:中野長者伝説と成願寺勧進帳の類似性
2.ワーグナー作品:ラインの黄金との類似性

3.中野長者の伝説にみられるエニアグラム的な上昇過程

4.竹生島を変性意識で探索したときに見たビジョンやヘブライ文字探索で得た情報

 

 

1.みずがめ座エリア:中野長者伝説と成願寺勧進帳(冒頭)の類似性

<中野長者と娘小笹の伝説>

新宿区教育委員会『新宿と伝説』(非売品)を要約されているサイト

「龍鱗」さんから一部引用しています。

www.hunterslog.net

 

*中野長者とその娘:東京都新宿区西新宿

中野本町の後の成願寺付近に鈴木九郎という武士があった。鈴木九郎(後の中野長者)の先祖は紀州藤代の荘司鈴木氏で、源義経に従い奥州に戦い、破れて後流浪してこの地にやってきたのだという。

 

ある時、九郎は痩せ馬を葛西の馬市で売って大儲けをした。その金を浅草観音に奉納してから幸運の芽が出、数年で近郷に並ぶものがない大金持ちになり「中野長者」と呼ばれた。九郎はこれは先祖の郷里熊野神社のおかげと信じ、十二社にも熊野神社を建立した。

 

しかし、山と積まれた金銀財宝の隠し場所がなく、武蔵野の中に埋めることにした。下男に背負わせ運んだが、この下男が秘密を漏らしては一大事と、(後の)淀橋の上に来ると斬りつけ川に投げ込んで殺してしまった。こうして殺された下男は十人にも及び、村人は行きにいた下男が戻らないのを見て、橋を「姿見ずの橋」と呼ぶようになった。

 

この祟りがてきめんであり、長者の一人娘が婚礼の式を挙げる夜に、熊野神社の方の森から黒雲がわき、大雷雨となった。そして、長者の娘は大蛇に化身して踊り出し、十二社の池に飛び込んでしまった。長者は自信の罪を懺悔し、相州関本の最乗寺の舂屋宗能禅師に救いを求めた。

 

禅師は早速十二社池の端で祈祷を行い、そのかいあって娘はもとの姿に戻って昇天した。九郎はこれにより剃髪して法名を正蓮と改め、蓄財を投げだし成願寺を建立した。また、高田から大久保に百八の塚を築き、中野に七つの塔を建て、供養とした。

 

中野長者に登場する鈴木九郎と娘小笹は成願寺勧進帳(冒頭)にも登場しています。
著:比田井克仁『伝説と史実のはざま 郷土史と考古学』(雄山閣)を要約されている
サイト「龍鱗」さんから一部引用
www.hunterslog.net



*成願寺勧進帳(冒頭)東京都中野区本町
にも鈴木九郎という名の男性が登場する伝説があります。ここでも九郎の娘が大蛇に変身する物語になっています。

 

新宿と中野区どちらも「黄金」「女性」「大蛇」という共通項がみられます。

さらに、三鷹市には宇賀神にまつわる伝説があり、人の娘が蛇体(弁財天)になる、蛇に戻るお話があります。

www.hunterslog.net



 

2.ワーグナー作品(おそらくラインの黄金)黄金とそれを守る竜
アースダイバーで中沢新一さんは「黄金」「女性」「大蛇」「池や川」というキーワードからワーグナーの作品との類似性(おそらくニーベルングの指環ラインの黄金あたりのこと)について言及されています。

www.amazon.co.jp

 

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

 

ワーグナーの作品はドイツ神話やノルドのエッダを参考にしていると思うので、縄文ネットワークによる神話や伝説の型共鳴が起きているのだと思います。
縄文時代:前14000年頃 – 前10世紀と言われています。



3.中野長者の伝説にみられるエニアグラム的な上昇過程

これらの伝説に共通する象徴性として、月の上の第五元素的な存在H24が月の下の4元素へ興味を持ち、欲を持ってしまうために月に喰われて地上へ下降する。

アリスとテレスの言う月の上の第五元素、月の下の四元素という事象を物語としているのだと思います。

www.youtube.com


<上昇するサイクルの途中H12で止まってしまう>

初期の中野長者は欲がなく信心深いので、棚ぼた的に手に入った大金を浅草観音に奉納する人でした。
エニアグラム的に考えると、ここはインターバルショックの6なのでは?大金という誘惑を信仰心という思想で乗り越えた中野長者はH48からH24に進めたのだと思います。
ここでは、月の下の四つの元素に対してきちんと欲の手放しが出来るか試されたのかもしれません。


その後、富が増えるに従い所有欲を持つようになります。
中野長者は先祖の郷里熊野神社のおかげと信じ、十二社にも熊野神社を建てたことでH24から自力でH12の民族霊領域につながったのかもしれません。
しかし、ここで再び彼は試されたのだと思います。
H12から次へ進む領域で欲を持つようになったのでしょう。

中野長者は自力でエニアグラム8のH12まで進んだと仮定します。その後、最後の試練で月の下の4元素の一つに「欲」をもって喰われてしまいミッション失敗。

 

<再び上昇するサイクル>

欲に目がくらみ、月に喰われ罪を犯した長者。一人娘の小笹が婚礼の式を挙げる夜に、熊野神社の方の森から黒雲がわき大雷雨となった。小笹は大蛇に化身して踊り出し、十二社の池に飛び込んでしまう。

長者はH12から先に進むところで最後のインターバルを超えられませんでした。
それどころか、娘が大蛇に変身してしまいます。
でも、この大蛇は熊野神社から黒雲によるものなので、上の次元からの介入とみて良いのでは?と思いました。
長者がH12からH6に進むことができるように、熊野神社がつながっている恒星H6からの介入が入ったのだと思います。


中野長者の先祖の郷里熊野神社シリウス系だと思うので、小笹が大蛇に変身するのはシリウスからの道案内と考えられると思います。
女性が大蛇に変身する伝説は宇賀神や七面山二も見られるので、シリウス=弁財天=大蛇や龍というような共通項がみられるのだと思いました。

このように紐解いてみると、最後のインターバルに関しては上の次元から何らかの介入がなされH12からH6への移行が行われるのかな?と思いました。


松村先生が良くお話してくださる久米仙人も、中空から地上を眺めていた時、女性の脛に見とれて落下してしまうので、中野長者伝説と同じ筋のお話なのだと思います。

その後は女性が紅竜になって仙人がH6へ上り詰めるのをサポートするのかな?と考えてみました。



4.竹生島を変性意識で探索で見たビジョン
数年前、竹生島を意識で探索したとき、小舟に乗る男性と女性を見ました。目的地(島)にたどり着くと、女性は水の中へ入っていき、男性は宙へ飛んでいきました。
その時はよく意味が分からなかったのですが、女性はそのまま龍神となり、男性は仙人界に戻ったという事なんだと思います。


5.ヘブライ文字探索で絵を描いた時のこと

昨年ヘブライ文字探索をして、お絵描きをしたときのことです。

パスワークして絵に描いたとき9ヨッド、10カフ、11テスでは連続して赤い龍や赤い鳥(鳳凰か朱雀みたいな感じ)を描いていました。龍を書いたときは女性が龍に変身するビジョンを見ていました。

9.ヨッド

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10.カフ

画像4

 

 

 


11.テス

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文字探索をしていた去年は全く意味が分からなかったのですが、東京を散策して東京星図やアースダイバーを読み直してみると竹生島探索のビジョンやヘブライ文字探索で描いた絵の関連性がわかってきました。

11.テスで描いた物は私の半身、竜や大蛇に変身するアストラルボディーの象徴なのかな?と思いました。

このあと、私は何度か夢の中で竜になって知人を背中に乗せて山の上や雲の上などに運んでいました。

たぶん、私のアストラル的な身体は”上の世界への運び屋さん”をしたいのだと思います。そういう事情でQHHTをやっているのでしょうね。

タロットやヘブライ文字、数字のパスワークでは皆さんがそれぞれの系統に見合ったビジョンをみられるのだと思います。
その系統に合った場所へ足を運んだり変性意識で探索してつながりを深めたり、もっといろいろなことを思い出したいと思います。

中野長者伝説にフォーカスしたことで、これまでバラバラだった経験や夢やビジョンが一つ一つ繋がっていき、私自身ビックリしています。

これまで点と点だった物が松本清張氏の小説のように一気につながる事で、輪郭が見えるというか、そしてこれからまた新しい情報がもたらされた気分です。
とはいえ、形のあるものは壊れるものですから、今回出来上がった輪郭は刻々と作り替えられていくのだと思います。

 

 

東京星図4日目:ラビリンスウォーク~東京星図滞在記②~

4日目:みずがめ座エリア・みんなと一緒にラビリンスウォーク

東京星図滞在記後半は武蔵小金井で歩く瞑想と呼ばれているラビリンスウォークを行いました。ここでは言葉にするのが難しいのですが、何とも言えない感動的な体験をしました。


翌日は今年から学び始めた氣功の先生のサロンにて施術を受けた後、氣功の復習会。翌日は氣功や体操などボディーワークを行いました。
先生や一緒に勉強してくださったお仲間さんのおかげで、普段よりも強力な気のエネルギーを感じました。一人の時よりも圧倒的に感覚が違うので、素敵な先生やみなさんのおかげだな~と思いました(#^.^#)
東京滞在の後半はエネルギーワーク内容が盛りだくさん、どれも貴重でありがたい経験でした。

この素敵な写真の撮影者はYさんです


<東京滞在4日目歩く瞑想ラビリンスメディテーション

東京滞在4日目は「歩く瞑想」と呼ばれるラビリンスウォークに参加してきました。

私がラビリンスウォークを始めたきっかけはローレン アートレス氏の著書「聖なる道を歩く 黙想と祈りのラビリンス・ウォーク」を読んだことでした。
本を読んでからずっとラビリンスを歩いてみたいな、歩くとどんな感じになるのかな?
と興味が絶えませんでした。
そして、昨年の11月初めて名古屋の修道院にあるラビリンスを歩くことができました。

 


名古屋でのラビリンスウォーク体験
修道院に入ると最初にマリア像がお出迎えしてくれて、とても嬉しくてドキドキしました。
敷地内にあるラビリンスを他の方々が静かに・丁寧に歩いているのを見ていると、吸い込まれるようにラビリンスの道を歩き始めていました。
その後は祈りながら歩くことに必死で、寒さや手の冷たさといった感覚、時間の感覚を忘れて、一歩一歩ていねいに歩き続けていました。
月に1度開かれているラビリンスウォークに数回参加すると、だんだん感覚が変化してくるようになりました。
何とも言えない”何か”を感じるようになりました。
大きな愛に包まれるというか、大きな意識とつながる、そういった不思議な感じなので
言葉で表現することが難しい意識状態でした。

www.youtube.com


そういう経緯があり、今回は東京滞在の目的の一つにラビリンスウォークを計画しました。親しい友人と一緒にラビリンスメディテーションに取り組みました。

www.youtube.com

 今回のラビリンスウォークは、お友達のおかげでとても感動的な体験ができました。
みんなでこの感動を共有できたのがとても嬉しくて忘れられない素敵な思い出です。
この体験についてはまた後日お話しできたらいいな~と思っています。

 

 

 

 

小金井ラビリンスと東京星図

Google マップ


ラビリンスのある武蔵小金井は東京星図でいうところの新宿・四谷中野方面なので、みずがめ座エリアに該当します。


松村先生の著書「東京星図」によりますと、この場所は”国籍、性別、年齢差、時代性などすべて超えたところで意思疎通しようとする”そうです。
修道院の中には世界各国で行われている布教活動によるさまざまなお土産が飾られているコーナーがありました。
国境を越え異文化のカラーの濃い置物や、アクセサリーなどがたくさん並べられている様子、統一感のないこういうところが「みずがめ座的だな」と思いました。

 

ラビリンスのある修道院には小柄のかわいらしいシスターがみえました。
「ラビリンスの歩き方に決まりはありません、皆さんの自由に歩いてくださればいいのすよ、ごゆっくりしてくださいね」
シスターは手短にラビリンスの説明をしてくれました。

森の妖精のようにふんわりとした優しくて上品なシスター、笑顔がチャーミングで佇まいやお話がとても素敵な方でした。
(私もこんな風に年を重ねられたらいいいな〜)とあこがれてしまいます。
すっかりシスターのファン🥰🥰になりました。

 

 

小金井ラビリンスとアースダイバー
アースダイバーを参考にすると水瓶座エリアには新宿の起源になる「中野長者伝説」についてお話されています。

 

中野長者伝説:鈴木九郎とその娘小笹について

ウィキペディアによると中野長者と呼ばれた鈴木九郎という人物は代々紀州熊野神社の祭祀を務めた鈴木氏の末裔で、応永年間に武蔵国多摩郡中野邑(現在の東京都中野区)に来たとされています。

武士の出自であるが、武士として生計を立てることはできず、馬の売買や当時荒地だった中野付近の開拓で生計を立てようとした。彼の商売は成功し、近郷の誰よりも財を成し、人々から中野長者と呼ばれるようになります。

これらを糧に、信仰心の厚かった鈴木は自身の故郷・紀州熊野十二所権現を祀った神社を、自身の開拓地に建立した。現在西新宿にある熊野神社であり、付近一帯は十二社とも呼ばれている。
鈴木には小笹という一人娘がいましたが、18歳で死去しました。

娘の死は父親である彼に大きな悲しみを与え、残りの人生を仏門に生きることを決意させた。その後、中野長者は永享12年(1440年)に65歳で死去した。墓所は自身が建てた成願寺にあるそうです。

一説によると、中野長者が自分の富を保管するため下男を使って、武蔵野に金銀財宝を隠したと言われています。そして、財宝の秘密を守るために下男を殺してしまいます。
しかし、下男を殺した祟りによって、自分の娘である小笹が大蛇に変身し、池に飛び込んで死んでしまう・・という伝説もあります。

 

 

黄金を守る大蛇や龍の神話
中沢新一さんは中野長者の伝説について、ワーグナーのオペラと類似している部分があることを示唆されています。ワーグナーはドイツ神話やノルドのエッダをベースにして「ニーベルングの指環」を作ったと言われています。


黄金や富を守る大蛇や龍と女性、大河や池沼といった物語について、国境を超えた神話やフォークロアの型共鳴が起きているのだと思います。

 

 

 

東京星図に向かってアースダイブ2022年5月

どうして東京へ向かったのか?
今年は家族の協力のもと、GWの連休に一人で東京に旅行する事が叶いました。
この1〜2年、一緒に勉強をしているお友達が東京に住んでいるので

「日ごろお世話になっている感謝の気持ちをお友達に直接会ってお礼が言いたかった!」
というのが、東京へ向かった主な動機です。

後は、昨年QHHTモニターセッションのために愛知県までお越しいただいたYさんにもお礼が言いたかったのです。

お友達には日ごろFBでのやり取りやZOOMなどで一緒に勉強をしたり、情報を交換したり、いろいろと助けてもらっています。
感謝の気持ちを文章や文字とか、オンライン画面でのやり取りだけでなく、立体的な温かさのある形で伝えたかった。みたいなところがありました。

私の水っぽいところ、風サインの人は鬱陶しいかも?
火の暑苦しいところは土サインの人には煩わしいかも?
ですが、水と火しかないこういうキャラなので仕方ないです。

東京星図やアースダイバーに対応させ考察
棚ぼた的に自由な時間をもらったので、東京の気になる場所の散策を予定していました。
とはいえ、物事を綿密に計画するのが苦手なので、ざっくりな予定を組んでいました。
後は、その日の思い付きとかで出かけるところを決めるのも面白いですしね。

東京滞在中は日々のスケジュール調整などでいっぱいいっぱいでした。
自宅に戻った今、ようやく自分の行動を振り返って出かけた場所を松村潔先生(著)東京星図や、中沢 新一さん (著)アースダイバーにあてはめると、現地に滞在していた時とは違った視点で振り返ることが出来て興味深いです。

 

 

 

東京星図おとめ座ゾーン錦糸町を拠点に活動
私が東京滞在で拠点にしたのがおとめ座エリアの錦糸町でした。
ここは東京星図では「おとめ座ゾーン」に該当します。

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https://www.google.co.jp/maps/@34.8495614,137.3412927,15z?hl=ja
http://nut.sakura.ne.jp/wheel/horo.html
による東京星図

錦糸町のあたりをアースダイバーの地図を見ると沖積地なので、縄文時代は海とか河川だった場所なのかな?みたいな推測ができます。

葛飾区史というサイトに縄文海進以降の東京低地の地図が掲載されているので、そちらも参考にしてみます。
下の地図は縄文海進と関東平野の様子です。今よりもだいぶ地形が違っていますね。

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https://www.city.katsushika.lg.jp/history/history/1-2-2-26-1.html
(縄文海進以降の東京低地 :縄文海進と関東平野
東京滞在の拠点について、最初はおうし座エリアの品川にしようか迷いました。
錦糸町総武線があること、友人のお住まいに程よく近いなどの理由で活動の拠点にちょうどよかったです。

松村潔先生の著書「東京星図」によるとおとめ座エリアは”セルフコントロールゾーン”なんだとか。おとめ座は癒しとかホスピタリティにも関連しています。
スケジュールにはQHHTセッションやみんなでラビリンスウォーク計画、氣功の勉強会と氣功を使ったヒーリング、太極拳の勉強会などが予定されていました。
セルフメンテナンスやヒーリング、エネルギーなど細かな調整はおとめ座っぽい感じでちょうどよかった!!と思っています。

ただ連日遅くまでお話をしていたため、宿泊施設へ戻る時間が遅くなりがちでした。
”夜の錦糸町”はちょっと怖かったかも(;^_^A・・です。
滞在中はお友達と過ごす時間が楽しすぎて、おとめ座ゾーンの自己管理↑↑効果があってもついつい夜更かしになっていました(反省)

 

 

東京星図とネイタルを重ねてみる

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http://nut.sakura.ne.jp/wheel/horo.html生誕図と東京星図(左)、東京星図と生誕図(右)

私のネイタルホロスコープに東京星図を重ねてみると、私の場合おとめ座が2ハウスになります。
錦糸町””というおとめ座エリアを拠点にすることは、私の持っている才能とか脂質に関して細かく調整するのにはちょうど良いのかもしれません。

上の図には表示されていませんが、私のネイタルでは2ハウスには小惑星のセレスがあります。
火星と木星の間に軌道を持つ小惑星は、”「個人天体の世界」と「社会天体の世界」をつなぐ役割がある”とされています。
小惑星の中でもセレスはローマ神話の豊穣の女神にちなんで名づけられています。そのためセレスは母なる大地の象徴である、ギリシャ神話のデメテルと同一視されます。
セレスは無償の愛や献身、養育や育てる力を持つと言われています。
私にとってこのエリアはセレスのエネルギーが強化される場所なのかもね?と思っています。

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東京星図と滞在中に出かけた場所

<東京滞在1.2日目おとめ座エリアでセッション>

最初の2日はQHHTセッションをしていました。
ちょうど日食だったので、セッションの内容はかなりハイテンションでハイパワーになっていました。
許可を頂いた方については文字に起こしていこうと準備をしています。

 

<2022.5.1日食と東京星図
ちなみにこちらは東京星図と2022年5月1日おうし座日食との二重円です。

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http://nut.sakura.ne.jp/wheel/horo.html
東京星図と日食図

今回の日食エネルギーは牡牛座エリアの霞ヶ関・白金・品川方面、うお座ステリウムのある原宿・千駄ヶ谷・下北沢方面にかなり集中していたのではないかな?と思います。

*日食については前回書いた記事があります、つたない文章ですがよろしければご覧ください。

catnap-station.hatenablog.com

 

catnap-station.hatenablog.com

 

 

 

<滞在3日目:東京星図の中心ポイント→皇居>

5/3 いくつか行きたいところがあったのですが、考えがまとまらずにいました。
そのまま、ノープランでふらふらっと電車に乗りました。
すると「やっぱり皇居に行きたい!」と思いたち、最寄りの駅で電車を降り皇居方面へ歩いていきました。

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東京星図は皇居が中心

はじめに田安門へ向かい、半蔵門桜田門、大手門という順番で外苑をぐるっと一周してきました。近くにある靖国神社にも立ち寄り、参拝してきました。東京星図では皇居がホロスコープの中心地店になりますから、ここを散策できたのは良かったと思います。

中沢新一さんの「アースダイバー」でも皇居は象徴の森とされていて、とても重要視されています。
自然豊かで皇居東御苑は草花や樹木が豊かで、とても素晴らしい場所でした。
東京星図が出版された時代は、この場所が東京の中心だったのでとても重要な場所なのだと思いました。

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<滞在3日目:東京星図うお座エリア→明治神宮

松村先生の東京星図では明治神宮うお座のエリアに該当していて、ヒーリングゾーンになります。

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東京星図で見る明治神宮

私が明治神宮へ出かけたのが夕方だったからかもしれませんが、なんかちょっと「ん?」と思うところがありました。

30年くらい前に明治神宮へ来た時と、なんか印象が違う感じでした。
緑が多くて良い場所だと思うのですが、気の流れが止まっているというか?
夕方だったから??
なんか空気が濁りとか重い感じでした。
皇居の東御苑や靖国神社の後だから特にそう感じたのかもしれません。

靖国神社と比べても、明治神宮は重いかな?今度東京へ行くことがあったら、早朝とか午前中に行って確かめてみたいと思います。

中沢新一さんの「アースダイバー」では渋谷~明治神宮のエリアは「死」に関連するエリアだと紹介されています。縄文時代を生きた古代の人たちはこの場所に死の世界、冥界につながる何かを感じ取っていたのでしょうね。

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東京滞在記①東京星図との比較

夫氏の失業と転職、そしてGWの大型連休

夫が転職をしたので初めてGW連休がカレンダー通りのお休みになりました。
これまでまともな連休がなく、ず~っとお休みが不規則な状態でした。
夫の帰宅時間も不規則なためワンオペ気味な日々でした。
今年からは職場が変わりGWがお休みになるので、夫が子供たちを見てくれる!という話になりました。

夫と義母さんが子供たちを見てくれる!!
(心の中でガッツポーズ)

というので、お言葉に甘え彼らの気が変わらないうちに速やかに宿と乗り物を手配!
首尾よく東京へ出かけました。

思い起こせば1年ほど前、2021年の今頃に夫の勤めていた会社が倒産したのです。
夫はちょうどネイタルホロスコープの金星・太陽にトランシットの冥王星コンジャンクションになる時期でした。
「これくらいで済んでよかったんじゃないの?」みたいな感じでした。
もともと、小さな会社で経営が先細り感満載でしたから

「あと何年もつのかな?何かサイドビジネス始めたほうが良いよね」
って話していました。これまでよく持ったな~という感じで、あまり驚きがありませんでした。


8ハウスの太陽なので「生き死ににかかわること」じゃなくてラッキーだったと思います。病気とか事故とかじゃなくて良かったね~!くらいの感じです。

失業した後、しばらく休んで学校に通ったり・・最近になってようやく転職先が決まったのです。

 

 

夫氏、太陽・冥王星コンジャンクションで失業

太陽・冥王星コンジャンクションで「会社倒産!」というのがタイミングよすぎて占星テキストのネタになるじゃん(笑)と思っていました。
実際ブログのネタとして活用してますしね。

夫はやぎ座26度に金星、27度に太陽を持っています。サビアンでいうところの山羊座27度「山の巡礼」が金星。山羊座28度「大きな養鶏場」が太陽。
ここにトランシット冥王星の影響が押し寄せているから、
金星的な収入源が変更になったり、太陽的な仕事が変更になったり強制的、不可避の変化が起きてくるのでしょうね。

夫に起きた太陽・冥王星コンジャンクションによるシフトチェンジのおかげで、連休中自由な時間を頂くことができました。
冥王星よ自由をありがとう!!

 



どうして東京へ向かったのか?


連休中にどうして東京へ向かったのか?
普段、一緒に勉強をしているお友達が東京に住んで見えました。
日ごろお世話になっているお友達に直接会ってお礼が言いたかった!
というのが、東京へ向かった主な動機です。

後は、昨年QHHTモニターセッションのために愛知県までお越しいただいた
Yさんにもお礼が言いたかったのです。

お友達には日ごろFBでのやり取りやZOOMなどで一緒に勉強をしたり、情報を交換したり、いろいろと助けてもらっています。
感謝の気持ちを文字とか、オンライン画面でのやり取りだけでなく、立体的な温かさのある形で伝えたかった。みたいなところがありました。

私の水っぽいところ、風サインの人は鬱陶しいかも?
火の暑苦しいところは土サインの人には煩わしいかも?
ですが、水と火しかないこういうキャラなので仕方ないです。



東京滞在と東京星図
棚ぼた的に自由な時間をもらったので、東京の気になる場所の散策を予定していました。
とはいえ、物事を綿密に計画するのが苦手なので、ざっくりな予定を組んでいました。
後は、その日の思い付きとかで出かけるところを決めるのも面白いですしね。




東京星図おとめ座ゾーンを拠点に活動
私が東京滞在で拠点にしたのがおとめ座エリアの錦糸町でした。
最初はおうし座エリアの品川にしようか迷いました。
錦糸町総武線があること、友人のお住まいに程よく近いなど活動の拠点にちょうどよかったです。

松村潔先生の著書「東京星図」によるとおとめ座エリアは”セルフコントロールゾーン”なんだとか。おとめ座は癒しとかホスピタリティにも関連しています。
スケジュールにはQHHTセッション、ラビリンスウォーク、氣功ヒーリング、太極拳などが予定されていたので、セルフメンテナンスやヒーリング、エネルギーなど細かな調整はおとめ座っぽい感じでちょうどよかった!!と思っています。

ただ”夜の錦糸町”はちょっと怖かったかも(;^_^A
です。

滞在中はお友達と過ごす時間が楽しすぎて、ついつい夜更かしになっていました(反省)

私のネイタルホロスコープではおとめ座が2ハウスになります。私の持っている才能とかを細かく調整するのにはちょうど良いのかもしれません。

www.kinokuniya.co.jp


東京星図とGW出かけた場所
<5/1.2はおとめ座エリアでセッション>


最初の2日はQHHTセッションをしていました。
ちょうど日食だったので、セッションの内容はかなりハイテンションでハイパワーになっていました。
許可を頂いた方については文字に起こしていこうと準備をしています。


<5/3東京星図の中心ポイント→皇居>
5/3 いくつか行きたいところがあったのですが、考えがまとまらずにいました。
そのまま、ノープランでふらふらっと電車に乗りました。
すると「やっぱり皇居に行きたい!」と思って電車を降り歩いていきました。

はじめに田安門へ向かい、半蔵門桜田門、大手門という順番で外苑をぐるっと一周してきました。
近くにある靖国神社にも立ち寄り、参拝してきました。
東京星図では皇居がホロスコープの中心地店になりますから、ここを散策できたのは良かったと思います。
中でも、皇居東御苑は草花や樹木が豊かで、とても素晴らしい場所でした。
東京星図が出版された時代は、この場所が東京の中心だったのでとても重要な場所なのだと思いました。


<5/3東京星図うお座エリア→明治神宮
松村先生の東京星図では明治神宮うお座のエリアに該当していて、ヒーリングゾーンになります。

私が明治神宮へ出かけたのが夕方だったからかもしれませんが、なんかちょっと「ん?」と思うところがありました。
30年くらい前に明治神宮へ来た時と、なんか印象が違う感じでした。
緑が多くて良い場所だと思うのですが、気の流れが止まっているというか?
夕方だったから??
なんか空気が濁りとか重い感じでした。
皇居の東御苑や靖国神社の後だから特にそう感じたのかもしれません。

靖国神社と比べても、明治神宮は重いかな?今度東京へ行くことがあったら、早朝とか午前中に行って確かめてみたいと思います。






 

今日はこれくらいで終わります。